[PR] 忍者ブログ記事別アクセス推移 京都好き −歴史・教育・おいしいもん・おもろいとこ− 高槻と京都。。。藤井竹外 忍者ブログ
ADMIN
京都の話しなど、他愛もないことを書きます。コメントなど残してくれたらうれしいです。
[69]  [68]  [67]  [66]  [65]  [64]  [63]  [62]  [61]  [60]  [59
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 お盆ですが、今日は一人でうちの地元高槻を散策していました。
 といっても夕方から出かけたので、たいしてどこも行けませんでしたが。。。
 
 ちゃんと行ったのは「高槻市立しろあと歴史館」というところでした。
 うちの地元、大阪府高槻市は、江戸時代3万7千石の高槻藩だったんです。明治時代に電車を走らせることで、城はほとんど解体され、昭和の戦争の時に陸軍工兵隊の練兵場であったために、空襲を受けました。
 現在は、練兵場のあとはほとんどなく、高槻市民でも知らない人が多いと思います。

 今日はどうしても「その日」なので、こうした話になってしまいそうですが、あえて京都の話にもっていきます。

 しろあと歴史館は、高槻城の歴史と、高槻藩の歴史について展示しています。決して広くないところですが、基本的に無料で閲覧できることは良いことだと思います。

 ここで今日僕が始めて知ったことがありました。

 幕末の漢詩人、藤井竹外がなんと高槻藩出身であったことです。
 一般的には藤井竹外はあまり知られていない人ですが、歴史の教科書で名高い大塩平八郎が、高槻藩の藩校で教えていた時の弟子の一人です。のちに、京都に住み、今でも邸宅跡は同志社大学の裏手あたりに碑などが建っています。 
 僕は京都に住んでいた藤井竹外は知っていたのですが、まさか地元高槻藩出身だとは知りませんでした。
 彼は、大塩の乱の後、酒びたりになって、京都に隠居したと言われています。。。

 僕と同じように、高槻から京都にやってきたというのは個人敵にとても興味があります。
 時代は違いますが、何だか藤井竹外が身近に感じられました。

 



PR
COMMENT

name:
title:
color:
mail:
url:
comment:
pass:   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
TRACKBACK
trackback URL:
藤井竹外邸跡
野見神社の北隣、現代劇場・文化会館の敷地の北の端に、高槻藩の漢詩人・藤井竹外の屋敷跡を示す碑があります。竹外は詩を梁川星巌に学び、頼山陽など幕末の一流の文人と交流し、「高槻に竹外あり」として高槻の名を全国に高からしめました。碑には竹外の事跡と代表作「花朝
URL 2009/02/01(Sun)01:23:51
野見神社の竹と藤井竹外
ジャズストの頃の高槻現代劇場の入口付近です。野見神社の北側の敷地であり、漢詩人・藤井竹外旧居跡の南側に当たります。竹外が住んでいた頃、ここには牛頭天王社(野見神社)神主の家があり、その庭に竹藪があったそうです。竹外はこの竹藪を「夜聴隣園竹風」に詠んでいま
URL 2009/02/01(Sun)12:00:15
カレンダー
07 2017/08 09
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
最新コメント
[09/04 ぷるうる]
[06/08 はるまき]
[10/05 いしだかずゆき]
[10/05 いしだかずゆき]
[10/05 kanachan]
ブログ内検索
プロフィール
HN:
いしだかずゆき
年齢:
42
HP:
性別:
男性
誕生日:
1974/11/04
職業:
自営業
自己紹介:
京都市左京区の学習塾
京都寺子屋塾の塾長です。
大阪出身で、現在は上京区民です。
メールを送ってくださる方は、このブログの一番下にあるメールフォームからお願いします。
バーコード
カウンター
アクセス解析
お天気情報
[PR]Samurai Sounds


nyaoチャ箱♪
* ILLUSTRATION BY nyao *
忍者ブログ [PR]